「幸せ」とは、
こんにちは、はっちゃんです。
ポルノグラフィティの楽曲に「幸せについて本気出して考えてみた」という曲があります。
幸せついて本気出して考えてみたら、意外に無くはないんだと気がついた。
僕は幸せ対して失礼だったみたい。
もう一度丁寧に感じて、拾って集めてみよう。
(歌詞の一部を抜粋しました)
「幸せ」というモノは周りを見渡すと少しずつ散らばっているんだろうなあ、と思います。
それを全ては無理でも一つでも多く気付いて、「幸せ」であることを感じられたら、もっと心豊かに暮らすことができるんだろうなあ。
私は精神安定剤とお付き合いをしながら生活を送る人間です。
TwitterでもFacebookでも、そしてこのブログという媒体でも、私のような人間はゴマンといるのです。
この症状が出るようになって、ドン底の精神状態だった時は「何で私ばっかり」「ただ真面目に仕事をしていただけなのに」と、自分ばかりが不幸なように感じていました。
精神安定剤を服用するようになって2週間弱になりましたが、薬が身体に馴染んできたようで、割と正常な思考回路を維持できるようになってきました。
すると、どうでしょう。
不幸のドン底!みたいだった思考は薄れてきました。
こんな状態になったにも関わらず、婚約破棄どころか「一緒に治そう」と言ってくれる婚約者や、離れて暮らしているのに、病院の送り迎えを引き受けてくれる家族や、心配して愚痴を聞いてくれる友だち、この状態になった原因ともいえる職場にも理解してくれ気遣ってくれる仲間がいました。
私は恵まれた環境にいて、私の周りには「幸せ」がいっぱいありました。
それが当たり前と思ってしまうことは、「幸せ」に対して失礼なんですね。
その「幸せ」を忘れて、当たり前だと思って、欲張りになって、もっともっと……と思った結果が、今のこの生活かもしれません。
こうなって普通の生活が如何に「幸せ」かがわかった、はっちゃんなのでした。
「幸せ」に失礼にならない程度には望んで生きていこうと思います。